著者に訊けビジネス選書家 藤井孝一の直撃インタビュー
ビジネス書のベストセラー著者に、著者インタビューで定評のある藤井が直撃体当たりインタビューをしてきます。本に書けなかったメイキングから、執筆の苦労話、読者への熱いメッセージまで、著者から引き出します。
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2006/12/06
ウサギはなぜ嘘を許せないのか? ‐ 山田真哉さん
- 今回は『ウサギはなぜ嘘を許せないのか?(アスコム)』の日本版監修、山田真哉氏にお話を伺います。最近、「コンプライアンス」という言葉が新聞やテレビで話題となっています。本書では、寓話小説を通して、コンプライアンスについて、分かりやすく教えてくれます。
山田真哉やまだ・しんや さん
公認会計士。1976年神戸市生まれ。大阪大学文学部史学科を卒業後、一般企業を経て公認会計士二次試験に合格。その後中央青山監査法人を経て、日本で最初の有限責任事業組合「インブルームLLP」を設立しパートナーに就任する。東京糸井重里事務所CFO(最高財務責任者)も兼務。元日本会計士協会会計士補会会報委員長。著書『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』は150万部のベストセラーに。
●現在の山田さんのお仕事を教えてください。
山田:現在、有限責任事業組合「インブルームLLP」のパートナー、東京糸井重里事務所CFO(最高財務責任者)を務めています。
●これからは執筆業に専念される予定ですか。
山田:いえ、これからも会計士の仕事は続けていきます。執筆業をするにしても、実務から外れてしまうと、現実に即した本を書くことができないからです。
●今回、本書の日本監修を務めた経緯を教えて下さい。
山田:ライブドアの事件を通して、「このままじゃおかしいよね」という声が出てくるようになりました。それで、コンプライアンスを厳しくしようということになったんですが、皆さん、息苦しさを感じています。例えば、小さな会社であるにも関わらず、上場に際して、監査役が3人も求められるなど、不合理なことが増えています。本当のコンプライアンスは息苦しいものではないのです。だからこそ、このタイミングで、コンプライアンスに関する本を出版したいと思ったのです。
ただし、本書はビジネス小説です。コンプライアンス体制の確立の仕方、法令について、記したものではありません。でも、きっとあなたの仕事にとって、役立つことがあるはずです。
●「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」に引き続き、「ウサギはなぜ嘘を許せないのか?」というタイトルも非常にインパクトがあります。タイトルにはどのような思いが込められているんでしょうか。
山田:タイトルを聞いた人がタイトルの意味を考えてくれることで、身近に感じてもらえるんじゃないかと思い、謎かけスタイルにしたのです。
●「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」の発売以降、ビジネス本に謎かけタイトルが増えましたね。
山田:(笑)。逆に、読者を煽って脅すようなタイトルは減りましたね。本のタイトルからも、世の中が好景気になりつつあるのが分かります。
●「コンプライアンスしています」と言いながら、本人に嘘の意識がない場合もあるのではないでしょうか。
山田:はい、ある会社では慣習上、常識であったとしても、他者から見れば明らかに嘘の場合もあります。例えば、通販でなかなか売れない商品であるにも関わらず、「応募者殺到につき、締め切ります」と告知することはよくあります。でも、それもコンプライアンス違反なんです。
最近では、ソフトバンク携帯がその典型ですよね。「申込者が殺到して、ダウンしてしまいました」と言いながら、実は単純なシステムダウンだったわけですし。
本人たちにしてみれば、1割ぐらいはその理由だからいいだろうというところがあったと思うのですよね。でも、それではいけないのです。
特に、集団になると、間違ったことでも平気でしてしまうようになります。
●でも、従業員の立場ではなかなか注意しにくいことです。保身もありますし、注意したところで、どうにもならないという気持ちもあると思います。ひとり一人が変わらないといけないんでしょうね。
山田:その通りです。ひとり一人がきちんとした意識を持っていないと、結局、「コンプライアンスしていても、言いづらいことがあるね」ということになってしまいます。
●コンプライアンス違反かどうかの基準はどこにあるのでしょうか。
山田:法令は幅広く解釈することができます。ちょっとしたことまで、コンプライアンスの責任者に聞いていては、身動きがとれなくなってしまいます。ある程度、常識の範囲内で判断すればいいのではないでしょうか。
また、コンプライアンスは法令を守っていればいいというものではありません。例えば、JR西日本が福知山線脱線事故を起こしたとき、肝心のJRの社員はボーリング大会や飲み会を開いていました。法令違反ではありませんが、コンプライアンス違反です。
コンプライアンスは法令遵守と訳されますが、私はイコールではないと思っています。コンプライアンスは、理系用語では「弾力性」または「柔らかさ」を意味します。法律を守るのは当たり前です。でも、守っていればいいという形式主義ではいけないのです。
●山田さんの考えるコンプライアンスについて、お教え下さい。
山田:「正直であれ」ということです。自分自身が取引する相手や会社には正直であってほしいと思っています。相手にそう望むのであれば、自分自身の会社も正直でないといけません。皆が正直になると、きっとビジネスはやりやすくなるはずです。
(続く)
●ところで、会計の世界はコンプライアンス違反はあるんでしょうか。
山田:明らかな嘘はなくても、ちょっとした嘘はあります。例えば、売り上げではよくあります。目の前で商品とお金を交換するのではあればいいんですが、そうでない場合が問題です。工場から出たときを売り上げにするのか、それとも、お客の手元に届いたときを売り上げにするのか。タイミングによって、売り上げが違ってくるのですよね。年度末であれば、タイミングによって、利益が変わってしまうのです。
また、本当に売り上げかどうかという問題もあります。例えば、孫がおじいちゃんに、肩たたきをしたとします。その報酬として、1000円もらいました。労働の対価としては、たかが10分で1000円は巨額ですね。これは贈与とみなすべきかもしれません。いや、半分売り上げで半分贈与かもしれません。売り上げと贈与とでは、決算書も税金も異なってきます。
これを会計士が「これは半分が売り上げ」、「これは6割が売り上げ」というように決めてしまうのです。そして、特に根拠もなく、ただ単に「この会社利益が厳しいから売り上げにしてあげよう」とすると、それは明らかに嘘になりますよね。
●上場前の会社は、少しでも売り上げを大きく出そうとします。逆に、週末起業家たちは節税のために売り上げを小さく出そうとします。
山田: 本来、会計はひとつなのです。でも、自分自身の利益になるかどうかで、いとも簡単に変わってしまうのです。
ビジネスは継続していくものです。長期的な視野で見ていかなくてはいけません。節税は年度末までのこと。非常に短いスパンです。目先のことにとらわれると、どうしてもビジネスの規模が小さくなってしまいます。
●そうですね。週末起業家のなかには、儲かって、いざ、会社にしようとしても、いままで小さく売り上げを出してきたために、融資を受けることができなくて困っている人もいます。
山田: 節税したために、本来のビジネスが変わってしまって、別のビジネスになってしまったケースですね。
数字にこだわると、数字の奴隷になってしまいます。節税はほどほどにしないといけません。数字を扱うのがビジネスではありません。数字は道具のひとつだと思って下さい。
●会計って、日常生活ではイメージしにくいですよね。でも、会計を学ぶと、世の中のいろんなことが分かるようになりますよね。
山田:その通りです。例えば、起承転結というツールがあるから、文章は書きやすくなります。それと同じで、会計というツールがあるから、ビジネスも分かりやすくなるのです。でも、子どものことから会計を習っているわけではありません。しかも、大人になってから教えられる会計の知識は、非常に分かりにくいものなのです。世の中がグローバル化して、情報量が多大になってくると、何かしらのツールを使って、整理する必要が出てきます。
私はそのひとつが会計、つまり数字だと思っているんです。
●山田さんの会計本は分かりやすいですよね。
山田:ありがとうございます。私をはじめ、多くの会計士たちが、楽しく会計を学んでもらおうと、工夫を凝らしています。
●次回のテーマを教えて下さい。
山田:ずばり数字についてです。来年、「禁じられた数字(仮タイトル)」という書籍を出す予定です。
人はより的確な情報を得たいと思うと、数字に走ります。
例えば、天気予報も、昔は雨ときどき曇というようなものでした。降水確率という言葉が出てきたのは、ここ20年のことです。
最近で言うと、星座ランキングも「今日は12位です」といった形で、順位づけするようになりました。どちらも的確な情報を得たいというあらわれなのです。
また、数字は扱う人によって、変化します。先程お話した売り上げが良い例です。そんな一見かたそうに見えて、実はぶれが激しい数字について、書いていこうと思っています。
●今後もますます数字化は進んでいくと思いますか。
山田:数字に走り過ぎた反動がくるのではないかと思います。例えば、成果主義は、もともと数値化できないものを数値化したから、その反動で問題になりました。それと同じです。
反動が来るのが、来年か再来年かは分かりませんが......。
●山田さんは世の中を大局的に見ていて、すごいですね。
山田:傍観者というポジションが好きなんです。
糸井事務所に入ったのも、ひとつはIT業界を見てみたいという好奇心からなんです。なんだかんだといっても、いまのビジネスの主役をはっているのはIT業界ですからね。規模が小さくても、話題になるのは、ミクシィやグーグルです。
時代の先端に入り込んで、この目で歴史がどう動くのを見てみたいですね。